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お知らせ
2021年4月29日
仲田蓼村 と 大坂淡路町の砥石問屋和泉屋

 以前の当HPお知らせの内容と重複する部分もあるが、和泉屋等の概要を下記にまとめた。

 文化九年、和泉屋佐十郎は、船中安全を祈願して伊豫岡八幡神社に狛犬を奉納した。当初は、狛犬台座に刻まれている船名に関心を持ち、湊町の旧家の方に船名の調査を依頼したが該当する史料はなかった。

 次に和泉屋を調べてみると、大洲藩御用商人和泉屋治兵衛という人が、砥部焼の創始に関わっていた。そこで念のために、三月に発刊した『伊予郡中の俳人 仲田蓼村』で「和泉屋」を検索してみると、『漂泊記』と『雅俗人名録』に和泉屋の記述が見つかった。『雅俗人名録』は仲田蓼村筆の住所録で、「和泉屋治兵衛の所在地は、淡路町東堀濱東エ入」と判明した。砥部焼創始期とは時代が異なるが、大坂淡路町の和泉屋治兵衛は、仲田蓼村と何らかの交流があったことが判明した。灘町の仲田蓼村宅と大坂の砥石問屋の出店、湊町の和泉屋宅は約250mの近距離に所在していたとはいえ、これは全く予想外の出来事であった。

 急きょ「和泉屋」をもう少し調べることになった。その結果、寛政五年(1793年)、和泉屋佐重郎が作成した砥山定書の存在を知った。砥山定書の作成時期と狛犬奉納の時期が19年間と比較的近いこと、佐重郎と佐十郎は音読みでは同一であること、狛犬台座に刻まれている「湊町濱中」等から砥山定書の和泉屋佐重郎と狛犬を奉納した和泉屋佐十郎は同一人物と考えられ、本会では狛犬を奉納した和泉屋佐十郎は、大坂の砥石問屋で、湊町に出店していた和泉屋とした。しかし、和泉屋がいつから小川町(後の湊町)へ出店したかなどは不詳であった。わずかではあるが、和泉屋、伊予砥、砥部焼などに関して分かった事柄もあったのでその概要を下記に掲載した。

和泉屋3.pdf

写真は、和泉屋佐十郎の名前が刻まれている伊豫岡八幡神社の狛犬の台座 

寄稿:伊予郡中の俳人 仲田蓼村を学びあう会