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お知らせ
2020年6月29日
明治36年測図地形図 伊予商業銀行の推定所在地

 昔の事で恐縮ですが、今から約120年前頃の話です。

 明治期の郡中方面近代化事業の中で最大の事業は、伊予汽船会社による鉄船蒸気船第5肱川丸と伊予丸の建造、鹿児島~東京の航路開設だったと思われます。しかし、伊予汽船会社と関連会社であった伊予商業銀行について、破たんに至る経緯などは「伊予汽船会社は、不況の影響を被ったうえ、経営上の問題も多く、重役と株主間にも意見の衝突を起こし、更に船舶の破損も重なって、ついに明治34年解散した。伊予商業銀行の解散は、伊予汽船会社の解散に伴うもの。」とされています。しかし、両会社の所在地や破たんに至る詳細などについては今一つ判然としていません。

 個人の方から寄贈された、明治36年測図5万分の1地形図の「郡中町役場」の位置に疑問を感じ、調べてみますと、豊川渉「思出之記」に、明治36年に3回移転した郡中町役場について記載があります。2回目の役場が地形図に記載されている模様で、灘町の表通りではなく東裏通りに面して伊予商業銀行が所在していたようです。

 なお、両会社の社長を務めた宮内直吉の名前は、明治初期に、当時の住吉神社(現在の五色浜神社)へ奉納された玉垣数本に見られます。

上記の概要について下記をクリック!

郡中拡大地形図2.pdf

お問い合わせ先 伊予市商業協同組合事務局 安田 ℡089-946-7245

写真は、五色浜神社の宮内直吉奉納の玉垣(玉垣改修工事以前)