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2020年4月10日
郡中まちなか385年史 をかざる場所に、案内板を!

まちづくり運動の提唱    『郡中まちなか385年史 をかざるゆかりの場所に、案内板を!』

 旧伊予市ほかは、江戸時代前期の1635年、お替地により松山藩領から大洲藩領に変わりました。灘町、湊町、三島町は大洲藩領になってから開発された町で、本年で替地後385周年になります。灘町、湊町には郡中まちなか385年史をかざる、ゆかりの場所が各所に所在していますが、それを伝える痕跡さえも見当たらないところがたくさんあります。まちを歩けば随所に案内板があり、「民力で築いてきたという特異な歴史を持つ町 郡中まちなか」の歩みに触れることができる・・・そんなまちの出現を目指して活動を始めています。

伊予市商業協同組合の花パーキングのフェンスには、灘屋六郎右衛門家の所在地などを記した第1号のQRコード付き案内板が設置されています。4月1日、灘町上行寺の北側に開設された「発達支援ルーム ティンカーベル」は、「豊川渉生誕の地」の案内板の設置を快く承諾してくださり、4月末日までには設置が完了しそうです。スマホで案内板のQRコードを読み込むと、豊川渉と坂本龍馬や伊藤博文などのエピソードも見られます。「郡中まちなか385年史をかざるゆかりの場所に、案内板を!」の2番目の設置になります。

しかし、この活動には、郡中まちなか385年史をかざる、ゆかりの場所の土地所有者の協力が不可欠で、協力が得られず頓挫してしまう場合も散見されています。社会を牽引するはずの大企業や金融機関は、自社のフェンスやブロック塀への案内板の設置には応じることなく、中小や零細な事業所などは地域を支え共に歩む、いつの間にかそんないびつな社会になってしまったようです。これらの大企業や金融機関などの企業体質が向上し、地域社会の一員として正常な役割が果たせる、そんな時代の到来が待たれます。

写真は、花パーキングのフェンスに設置されたQRコード付き案内板

株式会社まちづくり郡中、伊予市商業協同組合