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2020年2月 5日
明治9年の郡中湊町の岡井氏

 江戸時代前期の1636年、上灘村の商人九右衛門・清兵衛兄弟は灘町の開発に着手しています。小川町(後の湊町)はこの頃、大洲藩によって開発が始まったのだろうと思われます。同町についての史料はあまり残されていないようで、町方のようすなどは不詳の部分も多いようです。このたび、江戸時代後期から末期に作成された「岡井九左衛門家文書」が伊予高等学校教諭柚山俊夫氏により翻刻されました。本年中には、解読結果の説明会が開催される予定です。 それに先立ち、明治9年の湊町の段別畝順帳(土地台帳)に記載されている岡井氏の概要を下記にまとめてみました。この時代の岡井氏の一端を知ることができる数少ない資料の一つと思われます。

★明治9年の湊町の岡井氏.pdf

  寛政十二庚申年(1800年)に集録された豫州大洲領御替地古今集には、「唐川屋九左衛門・吾川屋四郎兵衛・三谷屋和助は大坂落城(1615年)後吾川へ罷り越し居住す。」と記載されています。灘町を拓いた宮内氏と異なり岡井氏の出自は不詳ですが、宮内氏よりも21年前、1615年には現湊町に居住し始めたようです。岡井九左衛門(唐川屋九左衛門)は、江戸時代末期ころからは湊町の町年寄を明治初期には湊町の代表者を務めています。

写真は湊町にかつて所在していた元岡井九左衛門邸、後の四国泉邸。 写真の建物は取り壊され現在は笑歩会になっています。