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2019年5月19日
民力で築いた町 郡中まちなか ー天神社と地蔵尊ー

江戸時代前期、徳川幕府3代将軍家光の時代の寛永12年・1635年、松山藩と大洲藩の間で領地の交換が行われ飛び地を解消しています。この替地で旧伊予市他は、松山藩領から大洲藩領に変わっています。替地の翌年、上灘村の商人宮内兄弟は、大洲藩の許可を得て、後に灘町と言われる地区一帯約5万坪の、私財での宅地開発に着手しています。

灘町の守護神「天神社」の造営と、灘町の守り仏「地蔵尊」の建立

替地後74年を経過した、宝永6年・1709年、町のはずれの草木地に、灘町の守護神として「天神社」を造営しています。1代30年とすると、灘町の開発に着手して3代目の時代に当たり、この頃の灘町はおおよそ、家数110戸、住民450人くらいの町だったと思われます。天神社造営後12年目の享保6年・1721年、天神社参道入口の右隣の地に、灘町の守り仏「地蔵尊」を建立しています。灘町は守護神と守り仏を祭り、町としての一応の形態が整った、そんな時代を迎えています。

詳しくは下記をご覧ください。

灘町 天神社と地蔵尊.pdf

お問い合わせ先 ㈱まちづくり郡中 内 2117郡中三百年祭の会 ℡089-946-7245