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2018年9月26日
非常時の 民太平や 小六月 (霽月)

村上霽月(せいげつ)  明治2(1869)年―昭和21(1946)年

俳人。実業家。伊予郡西垣生村(現松山市)出身。本名は半太郎。正岡子規、内藤鳴雪の指導を受け、『ほとゝぎす』に参加、選者となる。漢詩に俳句で唱する転和吟を創始、さらに絵に俳句を配する題画吟もはじめ「業余俳諧」を主唱し、俳句の伝統性に新生面を開いた。実業家としては、伊予農業銀行、愛媛県信用組合連合会を設立し、経済界でも活躍をしたが、昭和の恐慌では責任を負い私財を投げ出した。また、霽月は、漱石と親しく、江山焼の創始者、槇  江山とも交流がありました。

昭和2年、湊町から来良夢(こらむ)の筋向いに転居していた霽月の異母妹サクの夫、岡井寅五郎は亡くなっています。寅五郎の葬儀の席で、霽月は称名寺の住職に漱石の句碑の建立をすすめました。昭和16年、地元の人たちにより漱石の句碑は建立されています。詳しくは、下をクルックしてご覧下さい。

鎌倉神社 漱石の句碑、霽月、子規の句碑.pdf

その、村上霽月(せいげつ)の色紙3点を、個人の方から寄贈していただき、郡中まち元気サロン 来良夢(こらむ)に展示しています。この度、黒住教会郡中教会所 佐々木ミツ子氏にお願いし、解読していただきました。

非常時の 民太平や 小六月 (霽月)    ・・・ 小六月(ころくげつ)は、冬の季語

偉人出天(いで)す 超非常時の 年暮るる (霽月)

ああ又擾(みだす) 世界平和の 春を待ちいく 老ゆるなり (霽月)

いづれも、太平洋戦争末期の頃、霽月晩年の作のようです。

関心のある方は、来良夢でご覧になってください。

来良夢見学のご連絡先  郡中まち元気推進協議会 德本℡090-4974-0329 又は 一色℡090-4339-2349までお願いします。

写真は、朝の陽ざしに浮かぶ霽月の色紙、他