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2016年9月17日
郡中二百年祭 80余年前の郡中の地図

郡中二百年祭の資料の収集をすすめていますが、そのうちから、灘町の商家が所蔵している広告掲載の郡中町全図を紹介してみました。

この地図には製作年が書かれていません。そこで、地図をながめながらいろいろ調べてみました。

国鉄予讃線が上灘駅まで延伸されたのが1932年(昭和7年)、郡中港の防波堤の延長工事は昭和7年~昭和9年。地図に描かれている防波堤は工事以前の長さです。このことから、おそらく昭和7年頃に製作した地図ではないかと思われます。なお、伊予鉄道郡中港駅の開設は1939年(昭和14年)だそうです。

地図を見ると、国鉄南郡中駅という呼び名と銀行の多さが目を引きます。それと、湊町の道路が細かく描かれていることと、郡中港の近くにある大阪商船など。このころの郡中港は、定期航路の汽船が寄港し賑わっていたそうです。郡中校と記されているのは郡中尋常小学校のことで、今の中央公民館の場所。五十二銀行は今の伊予銀行郡中支店 あたり。芸備銀行は現在の、郡中まち元気サロン 来良夢。添付の地図と時刻表から、80余年前の郡中の一端を垣間見る事ができるかもしれません。

興味のある方は下記をクリック!

昭和7年頃の郡中の地図 .pdf

以下は、昭和9年郡中町勢一覧の抜粋です。

昭和9年の郡中港.JPG

昭和9年郡中港利用状況他.JPG

自転車の数も記録していた時代だったんですねぇ~

 

 

 

 

 

 

 

余談になりますが、今から70年前、昭和21年の南海地震の時の郡中のようすを覚えている方をたずねましたが意外と少ないのには驚きました。 「戦後71年史」の記録が必要な時かもしれません。